40代後半未経験からのエンジニア転職 - 5

エンジニア転職

来るべき試練と2社目への転職~

さらなる個人開発と転職

ポートフォリオのWebアプリを作成しだした年の年末にJavaのSilverを取得することができました。
それによりいくらか転職活動が有利になれば、と考えました。


Silverを受験する少し前、11月に卒業したプログラミングスクールのオンライン教材でPHPの学習も始めました。1か月ほど基礎を学び、年をまたぎながらLaravelのコースを進め2つほどサンプルアプリを作成しました。


その後2か月くらいの期間でLaravelを使用したオリジナルアプリを作成しました。開発やその他のことで調べたことをすぐ引き出せるようにTIPSを管理するためのアプリです。


Laravelを使用した新しいポートフォリオが完成した時点で、転職エージェントに3社ほど登録し、集中的に転職活動を始めました。


いくつかの転職エージェントに登録しましたが、圧倒的に大量な企業紹介をしてくれたのがGeeklyでした。最初にこちらの希望やスキルなど詳細な聞き取りをし、次々と紹介してくれました。多少求人詳細の記述が希望と合っていなくても、どんどん応募するように勧められて日々十社単位で同時応募していました。
不利な条件にもかかわらず大量に紹介、また転職後のフォローもしてくれたりと、筆者のゼロイチチャレンジを強力にサポートしてくれました。

95%書類選考でふるい落とされる状態が続きましたが、そんな中で拾ってくれる会社がありました。というわけで、ある小規模のSIerに採用されることとなりました。

先の見えない試練の日々

やっと念願のエンジニアとして仕事ができる、と希望を持ったのですが、待ち受けていた試練はなかなかハードでした。


その会社ではどちらかというとインフラの仕事が多く、新人研修も、Unixコマンドを中心としたインフラ技術に寄った内容でした。
それまでの3年間の自己研鑽期間では、Linuxの基礎以外ほぼ開発の学習しかしていなかったので、(エラー対応などでインフラのことを多少調べる必要はありましたが)インフラの知識はまったく不足していました。


コマンドラインを使用したインフラ周りのトピックについて、毎日新しい課題をこなすため、帰宅してから早朝近くまでレポートを作る日々が続きました。
かなり体に負担もかかりましたが、実務未経験から一人前になるためにはある程度のオーバーワークと体調を崩すのは覚悟していたので、なんとか頑張りました。


その毎日の研修がある中も、他の課題の進捗を求められ、AWSのCloud Practitioner受験も催促されるという、けっこうシビアな状況になりました。


それらのトレーニングは終えたものもあり、または手が回らず保留にしたものもあり、という中でAWS Cloud Practitionerを取得しました。


日々のタスクとしては、顧客システムのメンテナンス、アプリの小さな改修、Webサイトの修正、UML図作成、テストケースの作成や実施、APIドキュメントの整理等々をやっていました。

2社目への転職


そこでは技術的にいろいろなことを学べましたが、職場環境や社風が合わずに2024年10月にさらに転職を決めました。今回はまったくのジョブチェンジではないので、転職というより転社というべきかもしれません。

ちょうど1年間の在籍でした。大変な期間でしたが、Linuxやbash、C言語などについて知ることができたのが収穫だと思っています。

AWS SAAも退職するころに取得しました。その期間に詰め込んだそれらの知識により、トラブルシューティングや環境設定の情報をWebで調べるときなどに、提示されている情報の意味がだいたいわかるようになったことは大きいと思います。

第6回 – クラウド業務システムの開発に参加

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